UN-R155によって完成車メーカーが様々な活動をサプライヤに求める可能性があるものの、完成車メーカーがサプライヤ側に対応と責任を依頼するだけで実現できるような話ではありません。
サプライヤがUN-R155へ対応する際には、以下のような課題が想定されます。
- 完成車メーカーが提示する膨大な仕様の意図を、サプライヤが正確に汲み取るのは困難UN-R155は大まかな方針を定義していますが、詳細な手順の定義については読み手に委ねられており、認証取得に際してはUN-R155の方針に沿っていることを完成車メーカーが論証しなければなりません。よって、仮に同じシステムに対して各完成車メーカーがリスク分析を行うとしても、リスクの評価は少しずつ違ってきます。対策においても、車両内アーキテクチャの業界標準化が進んでいないため各社各様です。更に、完成車メーカーはサプライヤの自由な提案を求めるために敢えて仕様を曖昧に記載するケースも多く、このような状況で、各仕様の意図をサプライヤが正確に汲み取るのは困難です。よって、効率的な仕様すり合わせが必須となります。
- 車両全体の情報を持たないサプライヤがリスク分析を行なうのは困難昨今のTier1サプライヤはある程度車両内のまとまった単位で“システム提案”を行なうことが求められます。しかしTier1といえども自社のシステムに関連する情報しか持っておらずリスク分析の範囲は限定的です。車両全体の視点でリスク分析やセキュリティ検査を行えるのは完成車メーカーのみと考えるのが自然でしょう。つまり、車両全体レベルの分析・検査を完成車メーカーが実施し、それを踏まえてサプライヤが各システムに落とし込んでいく連携が必要です。また、自社が担当しない車両システムや完成車メーカーのバックエンドサーバと通信が発生する場合を見込んで、リスク分析のスコープを明確にしておくことも重要となります。
- 自動車セキュリティの専門家が希少、かつITセキュリティ担当が担当するのも困難自動車セキュリティはカバーすべき範囲が広く、その対象となる項目も膨大であることから、まさに総合格闘技の様相を呈しています。ITセキュリティにおいてもガバナンス、テクノロジー、運用の全領域をカバーする必要がありますが、自動車セキュリティではテクノロジー領域に組込機器開発やCAN(Controller Area Network)などの特殊要素が加わります。よって、車両アーキテクチャ、ECU設計、無線通信などに精通した多様なエンジニアをアサインし、チームとして立ち向かう必要があります。「一体感のあるチームワークで価値を創出する」といった方針を打ち出すのは経営陣の重要な役割です。
上記の課題を解決するには、経営陣のサポートを得た上で、
- 設計・開発・検査・アフターセールスプロセスの変革
- 実行に向けたツール整備
- 教育を含む組織の強化
など、様々な施策を同時、かつ完成車メーカーからUN-R155準拠を求められるまでの限られた時間内で実施することが必要です。
特にTier1サプライヤにはガバナンスを強める完成車メーカーと、より詳細な仕様を求めるTier2サプライヤの間で板挟みの状態になるリスクがあります。こうした事態を避けるには、一定の設計力・技術力を持ち、Tier2サプライヤと一体となってエンジニアリング活動を推進する難易度の高い変革が必要です。
また、上記課題2で記載した通り、ソフトウェア開発を実施するサプライヤではリスク分析を十分に実施出来ない可能性があります。ソフトウェアのリスク対策に対する責任は多くの場合サプライヤ側に発生しますが、セキュアなコーディングは実施可能です。
仮に発注元から明確な仕様が提供されず十分にすり合わせが出来ないという状況になった場合、サプライヤはどういった対応と考慮をするべきでしょうか。まず言えることは、セキュリティ上の責任が自社に対してどのように発生するのかを意識的に把握し、そのうえでUN-R155対応に取り組むことが重要です。