こうしたコストサイド、特に初期投資の大きさを踏まえると、都市のデジタルツイン構想を打ち立てた後に、採りうる3つのアプローチを検討する必要があるだろう。
1つは、「面的展開」である。デジタルツインが対象とする全エリアについて、一定のデータ数を確保して、一気に整備を進めていくアプローチだ。但し、現実的には整備するデータの優先順位をつけながら、継続的にそのデータを拡充していくことが求められるだろう。デジタルツインを整備する自治体にとって、本来的に必要なエリア全ての情報を面的に捉えることができるため、行政の立場からの利用価値を考えたときには、最も利用しやすい可能性がある。一方で、データセットが制限されるほど、ユースケースにも制約が課されるため、十分にメリットを享受できない可能性もある。
上述したバーチャルシンガポールの例は、この面的展開のモデルに該当する。
2つ目のアプローチは「エリア限定」型で、一部のエリアに限定した形でデジタルツインの整備を開始し、徐々にそのエリアを拡大していく方法だ。一定のコストで、充実したデータセットの整備が行えることから、様々なユースケースでの利用が期待され、投資対効果の見極めには適している。行政の判断によりメリットが生じるエリア、そうでないエリアが分かれるため、何らかの意義づけや誘導ができることが必要だろう。例えば、災害のあった地域のレジリエンス強化、或いはコンパクトシティ等におけるエリア誘導等の政策とセットにすることが考えられる。
この例に近しいものとして考えられるのは、大成建設による銀座や西新宿でのデジタルツイン整備になるだろう。また、米・アルファベット社の傘下にあるSidewalk Lab社がカナダのトロント市と共同で進めるウォーターフロント地区の開発事業では、「デジタルツイン」という表現されていないものの、地域のリアルタイム情報をバーチャル空間に再現して活用することがうたわれている。こうしたプラットフォームは、初期の対象エリアのデータ整備後に横展開され、拡張していくことになるかもしれない。
3つ目のアプローチは、「パッチワーク」型と呼びうるもので、対象となる全てのエリアについて基盤となるデータ(例えば地理空間のデータ)を面的に整備した上で、個別の場所に紐づくその他のデータについては、場所などの事情に応じて、いわばパッチワークのように、分散しながら整備を進めていく方法である。この方法が望ましい理由として、「限られたエリア×限られたデータ」さえあればよいとする固有のニーズを持つ民間企業や商店街等の運営団体、個人等の幅広いステークホルダーを巻き込みながら、それらのプレイヤーの便益を生みやすいことが指摘できる。一方で、整備の主体である行政機関にとっては意味のあるデータセットとなるように、一定の誘導を図っていくことが必要かもしれない。
こうしたデジタルツインの取組例として適切なものは執筆時点で見当たらないものの、参考になる例として、英国のFixMyStreetのイニシアチブ、日本のBmapsの取組を紹介したい。FixMyStreetはもともと、地域の課題解決において市民参加を求める動きから英国で開発されたプラットフォームであり、利用する市民等が道路の破損、不法投棄等の身近にある課題を報告し、行政等に対応を求める仕組みである。こうして報告された課題は、自治体職員が地図上で見ることができ、市民の通報に対応することができる仕掛けだ。個の取組は英国以外にも広がっており、日本においても、FixMyStreet Japanとして、利用可能なプラットフォームを国内企業が独自に開発した4。また、日本のBmapsでは地域のお店や施設等のバリアフリー情報を詳細に検索・閲覧可能なプラットフォームであり、そのデータ整備自体にもユーザーが投稿という形で貢献している5。
こうした形で収集されるデータは、恐らく投稿者により内容や粒度、その質に差があり、かつエリアに応じてデータの投稿数などにも差があるであろうが、大事なのは利用者の目的の用途次第でそれらのパッチワークのデータが十分に機能することだ。全てのエリアを網羅的にカバーしたデータでなくても、パッチワーク的に可視化されたデータを見た利用者である行政職員や障がい者・子育て世代等にとっては、様々な利用価値があるものと考えられる。