厚生労働省の人口動態統計によると、がん(悪性新生物)は日本人の全死因で第一位、死因の約3割を占めています。近年は新たな治療法の登場によってがんと診断されてからの生存率に上昇傾向が見られますが、罹患部位によっては治療の難しい難治性のがんも存在します。そうしたがんの一種として、“血液のがん”と呼ばれる白血病やリンパ腫が知られています。
長年、がん治療に用いられてきた抗がん剤は、がん細胞だけでなく正常細胞まで傷害してしまうため、様々な副作用を伴いました。研究が進むにつれ、がん細胞だけに的を絞って増殖を抑える低分子化合物などを用いた分子標的治療薬が開発されましたが、化学合成が可能な治療薬の限界も指摘されています。そうした中、製薬メーカーが注目し、研究開発の進行している新しい治療法の1つが「CAR T細胞療法」です。
CAR T細胞療法には自己由来のものと同種異系由来のものの2タイプあります。ここでは自己由来のCART療法について説明します。CAR T細胞療法では、人の免疫機能で中心的な役割を果たすリンパ球のT細胞を患者1人ひとりから取り出し、「キメラ抗原受容体(CAR)」と呼ばれる特殊なたんぱく質を作り出すように遺伝子を改変します。がん細胞の抗原を認識して攻撃する働きをもつCARを作り出せるT細胞が「CAR T細胞」であり、これを患者に投与してがんを治療します。
CAR T細胞療法における主要な利点と特徴は次の通りです。
- 患者自身の免疫機能を用いてがん細胞を撃退するため、治療にかかる時間が短く、回復の早期化が期待されます。
- CAR T細胞は体内に長期間存続するので、再発した場合もがん細胞を認識・攻撃できる可能性があります。
- これまで他の標準治療が失敗していた患者のうち、CAR T細胞療法を受けたリンパ腫患者の約4割が15カ月後も寛解状態、小児急性リンパ芽球性白血病患者の約3分の2が6カ月後も寛解状態にあった研究データが存在します。
- たびたび、がんが再発していた患者においても、CART細胞療法で回復した臨床試験結果が発表されています。
なお、CAR T細胞療法には患者1人当たり3,000万円以上の医療費がかかると言われていますが、2019年から公的医療保険が適用されるようになりました(薬事承認された一部の製品)。対応可能な医療機関が限定されているのが現状ですが、今後はさらに身近な治療法になっていくものとして注目されています。