私たちは、この先1年間で企業がおさえておくべきデザイントレンドをまとめた「Fjord Trends」と題したレポートを毎年発表しています。企業の皆さんに世の中の潮流をお伝えし、社会と顧客の関係を理解した上で、プロダクトやサービスを作るために役立ててもらうのが目的です。
昨年発表した「Fjord Trends 2020」では、企業は利益の追求だけでなく、社会環境問題への対応を意識しなければユーザーから選ばれるブランドにはなれないこと。また、人々が「どんなサービスやブランドを選ぶか」という消費行動によって自己表現し始めていることを踏まえたブランドパーパスの重要性をトレンドとして紹介しました。
そして今年発表した「
Fjord Trends 2021」では、メタトレンドとして
「新しい領域の地図づくり」を掲げています。パンデミックによって、前述したような消費行動の変化はより加速し、ブランドパーパスの重要性はより高まっています。人々が新しい体験を試みることを余儀なくされるなかで、こうした課題に前向きに取り組み、人々に居場所を与えることのできる企業にこそチャンスがある。
2021年の行動が、21世紀を再定義していく。そういった視点を「新しい領域の地図づくり」という言葉に象徴させています。
このような社会潮流に目を向けることで、より広い視野に立った顧客体験のデザインが可能になるはずです。
田川 同感です。すでにデザイン思考自体は、ソフトウェアプロダクトを動かすために必須の基礎能力。もはや新しいトレンドでも何でもなく、普通のことです。
ただデザイン思考自体は、"How"は提供できますが、その起点となる"Why"は提供できない。 つまり「どうやって物事をうまく機能させるか」を考えるメソッドではありますが、「なぜやるか」については教えてくれません。例えばメルカリは「限りある資源を循環させ、より豊かな社会をつくりたい」という創業者の課題意識からミッションを定義しています。ただこのテーマ設定は、デザイン思考のプロセスからはなかなか出てくるものではありません。"Why"は誰かの強い思いが生み出すもので、あくまで属人的なもの。
デザイン思考の次のフェーズでは、企業が「自分たちはこれがやりたい」というビジョンや信念をいかに研ぎ澄ませることができるかが問われています。そしてデザイン思考はミッションやビジョン、ブランドを具体化するフェーズでこそ活躍するものとして再認識されるでしょう。
僕は常々「ビジョナリーな経営者は優秀なデザイナーを見つけた方がいいし、優秀なデザイナーはビジョナリーな経営者との出会いを求めている」と思っています。これからはブランドパーパスやビジョンとデザイン思考が手を結ぶことで、インパクトのある変化が生まれてくると思います。
番所 まさに「Fjord Trends 2021」でも触れている内容です。2020年は世界全体が「歴史的転換」を経験し、人々が物事を体験する方法や場所が変化したことで、 ブランド認知をこれまでと同じ方法で向上することが困難になりました。
提唱している7つのトレンドのうち、「
インタラクションの旅立ち」というトレンドがありますが、これは先程の田川さんのお話と近しい内容です。従来は顧客が店舗に足を運び、店頭で実物を触り、五感でモノの良さを体験してから購入していました。それがパンデミックによって、体験の場の多くがリアルからデジタルへ切り替わりました。企業はデジタルの世界でどうやって商品の質感であったり、没入感やワクワク感を提供できたりするのかを再考する必要性に迫られています。そのためには、
自分たちのブランドパーパスやビジョンを明確にし、それに紐づいたユーザー体験をデジタルの世界でどのように提供できるかを真剣に考えることが不可欠です。
継続的な企業活動の中では、いったん立ち止まって自らのミッションやビジョンを考え直すタイミングがなかなかありませんが、この歴史的転換期にある今こそチャレンジすべきです。
──デザインの力が、そのチャレンジに貢献できると。
番所 アクセンチュアがデザインスタジオFjordの拠点を東京に開設したのも、まさにそれが目的です。コンサルティング部門と連携し、企業のトップマネジメントが抱える課題感を正しく理解した上で、デザインの力でどう解決するかを考える。Fjordが個別のタッチポイントの最適化ではなく、企業全体を変革に導きやすい立ち位置にいるのは間違いありません。
私は日本企業の優れた技術力を武器に、日本から世界中の人々に継続的に利用されるプロダクトやサービスを生み出せると信じています。
田川 企業の変革を達成するには、BTC(ビジネス・テクノロジー・クリエイティブ)の全てに通じる人材が必要です。でもそんな人材は、需要に対して圧倒的に足りていない。ですからFjordのように実績のあるスタジオが東京に拠点を開いたことは、日本企業や社会にとって、とても意味のあることだと思います。